遺書を書く少年:10「最後のページ」
『今僕は、地球に向かう宇宙船の中にいる。明日の朝には地球に着くらしい。だから、これが宇宙で書く最後の日記になる。
そう、結局僕の家出は失敗した。家出して、見つかって、そして地球に連れ戻される。ありふれた結末になっちまった。地球を出るときはこれを一番恐れていたけど、今はこれで良かったと思っている。
一番恐れていたことは両親や教師やSなんかの連中に、どんな目で見られるかっていう事だった。それにも気付かずに強がっていた自分が恥ずかしい。結局、僕もSやバカ教師の同類だったんだ。自分が何者で、何が本当の望みなのかも気にせずに、ひたすら回りの目つきばかりを気にしていた。それがやりきれなくなると、独りぼっちになれる場所に逃げ出していた。今は、Sの気持ちもわかる気がする。奴も僕と同じで、心に積もったやりきれない不安を持て余していたのに違いない。僕は決してあいつを許しはしないけど、可哀想な奴だなとは思うようになった。
家出がこんな結末を迎えるとは思ってもいなかった。と言うよりはただ単にヤケクソで飛び出して来ただけなのに、まるで全ての事がそうでなきゃならないように起こったみたいだ。このサジタリウス号に乗ったことも、ラナさん達に出会ったことも。僕は神なんて信じないけど、でもこの不思議な一致は何なんだろう?僕の生きている時代にラナさん達もいて、僕が傷ついている時に偶然みたいにして出会って…』
「おう、トニー。まだ起きとったんか?」
ラナの声に、トニーは慌てて日記を閉じる。
「う、うん。もう、寝るよ。」
彼はトッピーと操縦を代わってきた所らしい。「あ〜、しんど。」と言って全身を伸ばすと、頭の下に腕を組んで簡易ベッドに寝っ転がる。
「ねえ、ラナさん。」
「うん?」
「ラナさんは、神様って信じてる?」
「神さんか?困った時だけ信じるなぁ。」
ラナはのんびりした口調で答える。
「そういうのじゃなくて、何て言うのかな。こう、世の中のすべてが計算されつくしているような、そんな気がすることはない?」
「さあなあ、あんまりそんな事は考えたことはないなぁ。」
「ふーん…。」
「なあ、トニー。お前が何を言いたいのかようわからんが、世の中は人が作って人が動かしているもんやで。たとえ偶然みたいにして夢がかなっても、それはその人が努力した結果なんや。なんぼ努力しても夢がかなわんからって、天やら神さんやらに救いを求めるのもお門違いや。少なくとも、わいはそう信じとる。…どや、これで答えになったやろか?」
「うん。…ありがとう。」
「ほんじゃ、わいは寝るからな。おやすみ、トニー。」
「おやすみなさい、ラナさん。」
ラナが静かになってしばらく経った後、トニーは再び日記の続きを書きだした。
『…僕が傷ついている時に偶然みたいにして出会って、僕に生きる希望を与えてくれた。まるで、始めからそうなるように決まっていたみたいだ。でもラナさんは神なんていない、みんな人がそう願った結果なんだって言う。
僕もそう思う。これは神様の仕組んだいたずらなんかじゃなくて、僕が選んだ道なんだと。そして、これからの一日一日を大事にしていきたい。今までの僕は人間なんていつ死ぬかわからないから、努力なんてくだらない事だと思っていた。でも今は違う。いつ死ぬかわからないからこそ希望があって、そのために努力が必要なんだ。15歳で死んだ兄ちゃんだって、15年の人生を大事に生きていたに違いないんだ。僕はもうずいぶん時間を無駄にしちゃったけど、まだ手遅れになった訳じゃない。
もう、こんな日記を書くのも今日でやめにしよう。そして、日記の最後に書いておくことが一つある。僕は、宇宙パイロットになりたいんだ。」
そこから続きを書こうとして、トニーはふと鉛筆を止めて日記を閉じた。そしてそれをかばんにしまい込むと、彼は頭の上の読書燈のスイッチを切った。暗い窓の外には幾千もの星達が、暗闇に撒いた粉砂糖のようにさざめいている。あの中の全部とは言わなくても一部の恒星には惑星が回っていて、その更に一部の惑星には人々が生活していて、泣いたり、笑ったり、怒ったり、悲しんだりしてるんだろうなと彼は思った。
壁を見ると、地球時間に合わせてある船内時計が午前二時を指している。地球へ着くまであと数時間、なにかとても貴重な時間のように思えてならない。
(…とにかく、今は寝ることだ。地球に着いたら、いろいろやることがあるもんな。)
トニーは目をつぶって、肩の上にまで毛布を引き上げた。だが、なかなか眠ることができない。彼は簡易ベッドに寝転んだまま、窓の外の星空をいつまでもじっと眺めていた。
地球の中央宇宙空港にサジタリウス号がその着陸脚を降ろしたのは、翌日の朝早くのことだった。
「着陸完了や!メインエンジン停止、燃料系カット…。」
「補助動力系は切るなよ、ラナ。カーゴの冷房は入れっ放しにしとくから。」
「了解。ヘヘヘ、地球や地球や。ラザニアちゃんがお待ちやでぇ。」
ラナは嬉しくてたまらないという表情をしている。たった一週間の間だったとは言え、やはり地球に帰ったときのこの気持ちに変わりはない。
「社長はもう空港で待ってたらしいよ。検疫が済み次第、荷物を引き取りに来るってさ。」
トッピーが、無線で地上との連絡を取りながら言った。
「ほう、早いな。あのカバ社長にしては珍しいやんか。」
「全く。雪でも降らなきゃいいですけどね。」
「それと、トニー君。御両親がお待ちだよ、警察も来てるって。今、こっちへ来られるそうだから。」
「…うん。」
トニーはかろうじて答えた。親にどんな顔を見せようか、心の準備ができていなかったのである。彼は宇宙船の窓から見える丘をぼんやりと見て、僕はずっとあそこに座っていたんだな、と全然関係のないことを考えていた。
「心配ないよ。僕が、一緒に謝ったげるから。」
トッピーが肩を叩いて言ってくれた。彼は寂しそうな笑顔で振り向いて答える。
「ありがとう、でも大丈夫。一人でも大丈夫だから。」
「そうか…。じゃ、行こうか。」
トッピーに付き添われてサジタリウス号のラダーを降りると、空港はつんと鼻をつくオイルのにおいがした。甲高い大気圏内エンジンのアイドリング音、空気を震わせて旅立ってゆく宇宙船。そして、彼の両親もそこに立っていた。
「父さん、母さん…。」
「トニー!」
母が駆け寄って、彼に抱き付くと泣きじゃくった。
「トニー、トニー!どんなに心配したか…!」
「ごめんなさい、母さん。…本当に。」
「もう母さんを困らせないで、トニー。こんなことはしないって約束して、お願い!」
「約束するよ、もう2度とこんな事はしないよ。だから安心して。心配ないから。」
「トニー…。」
母は、しばらく見ない間にずっとやつれたようだった。それとも、前には気付かなかっただけかも知れない。トニーはその時生まれて初めて、母ももう歳なんだな、と気がついた。
「トニー。」
顔を上げると、唇を震わせて父が立っていた。怒っているのか泣きたいのをこらえているのか、どちらかはよくわからない。しかし、彼は殴られるのを覚悟した。
「ごめんなさい、父さん。」
「俺のことはいいんだ、それよりトッピーさんに謝りなさい。」
「うん。…ごめんなさい、トッピーさん。」
「ああ、僕のことはいいんだよ。それより、すいません、御心配をおかけして。」
「いえこちらこそ、息子が御迷惑をおかけしました。」
「本当に、どうも済みませんトッピーさん。何とお礼を言っていいのやら…。」
両親は何度もトッピーに頭を下げて礼を言うと、トニーと共にカーゴに乗った。ターミナルに向けて走り去って行くカーゴを見送りながら、ラナがトッピーの後ろから声をかけた。
「ハァ〜、やっと疫病神が行ってくれたか。ほんに、せいせいするわな。」
「プッ。ククク、ククククク…。」
「?何や?何がおかしいねん、トッピー。」
「フフフ、無理すんなよ、ラナ。シュタール星で雨宿りしてる間…。」
「トッピー!お前、起きとったんか!?」
「何、何です?言ってくださいよトッピーさん。」
「実はね、ジラフ。ラナったら、あの子にさあ…。」
「黙れ、言わんでええ!」
「何、何なんです?教えてくださいよ、ねぇ。」
「ペポ、シビップも知りたいペポ。」
「コラ、シビップまで!ええか、絶対に言うなよトッピー!」
「フフ、わかったよ。」
「やあ皆さん、お揃いで。何を盛り上がっておるのですかな、ガハハハハ。」
豪快な笑い声に振り向くと、貨物用カーゴの助手席から例のカバさん社長が顔を乗り出して、大口を開けて笑っていた。
「社長!お早うございます。」
「えろう早よおまんなぁ!社長自ら御出陣でっか?」
「ハハハ、ワシも気合を入れて仕事をせんと、倒産してばかりもいられんからな。」
「ホンマに、宇宙便利舎の次にゴミ処理場、一体いくつ会社を潰したんやろ、ブツブツ。」
「ん?何か言ったかね、ラナ君?」
「い、いや、元社員のわいらがこうして社長はんと取り引きできるのも、何かの縁やって言ってましたんや。な、トッピー。」
「え、ええ、そうですよ。」
「ハッハハハハ、そうかそうか。ところで荷物はまだサジタリウス号の中ですな。」
「ええ、さっき検疫OKが出たところです。」
「そりゃ丁度良かった。おーい、積み込みを始めるぞ、早くしろ!ほら、何をボーッとしてるんだね、君達も早く手伝って。」
「え?」
「僕達もですか??」
「当然だろう、人手が足りんのだ。その代り運賃ははずむから、な、頼む。」
「…ったくもう、人使いが荒いんだから。」
「わしら、もう社員とちゃうんでっせ。」
トッピー達は結局、カバさん社長の昔のよしみで、荷物の積み込みを手伝わされる羽目になってしまった。
「いや、お陰で助かったよ。また縁があったらその時は頼むよ、ガハハハハ。」
盛大な笑い声を残して社長が去って行った後に、トッピー達は疲れきって地面に座り込んでいた。ラナは渡された明細書を見ながら、顔をしかめて愚痴を言う。
「社長の奴、何が運賃ははずむ、や。基本料金そのまんまやんか。」
「今回の仕事もくたびれ儲けか。なかなかうまくいかないな。」
「とりあえず船の整備を済ませちゃいましょう、家じゃアンが僕の帰りを待ってるんですから。シビップ、ちょっと手伝ってくれないか?」
「ペポ!」
二人がラダーを登ってサジタリウス号に消えると、ラナは突然トッピーの肩を突いて言った。
「なあトッピー、ところでさっきの事なんやけど。」
「え?さっきの事って?」
「トニーのことや。わい、あんな偉そうな事言ったけどな、本当はすごく不安なんや。…ホンマにあれで良かったんやろか。お前、どう思う?」
「そんな、ラナらしくないな。どうしたのさ一体。」
「いや、トニーのお父はんの顔見たらな、急に自分の子供らのこと思い出したんや。」
ラナはコンクリートのかけらをつまみ上げ、遠くへ放り投げて言葉を続けた。
「他人の子供にやったらナンボでもええ格好できるけど、わい、自分の息子にあんな偉そうな事言えるやろか。自分の息子にも言えんことを、他人の息子に偉そうな顔して言うなんて、何か間違っとるんちゃうかって気がしてな。」
「…大丈夫さ、ラナは間違ってないよ。」
トッピーはラナの肩を叩き、自分も小石を拾って放り投げた。
「僕だって、きっと同じ事を言ってたさ。それに、本当の親子だからこそ思い切って言えないことだってあると思う。トニー君は大人の本音が知りたかったんだ。自分の息子に親の本音なんてなかなか言えないよ、そうだろ?」
「…そやな。本音なんて、なかなか言えんわな。」
「ラナはずばりと本音をぶちまけてやったんだろ?それがトニー君の知りたかったことなんだ。それで彼も親父さんの気持ち、少しはわかってくれたんじゃないかな。」
ラナは答えず、かわりににっこり微笑んで見せた。トッピーは立ち上がって尻を払うと、「さあ、サジタリウス号の片付けだ。」と言ってラナの背中をドンと叩いた。丁度ジラフがハッチから顔を乗り出し、「トッピーさんにラナさん、呑気にしゃべってないで手伝ってくださいよ!」と叫んだところだった。
※※※ 小説に登場している人物・団体・製品などの名称は全て架空のものです。例え同名のものが実在しても、本小説の内容とは一切関係ありません。 ※※※
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