遺書を書く少年:9「帰郷」
「でも…変だよ、おかしいよ。」
しばらく考えた末に、トニーがぽつりと呟いた。
「何がや?」
「だって、コスモサービスってすごい大きな会社だろ?たった4人で立ち向かおうだなんて、そんなの無理だよ、かなうはずないよ。もっと現実的な夢は持たないの?」
「現実的やと?ガキの癖してジジ臭いこと言う奴っちゃなぁ。」
ラナは椅子から身を乗り出して、言い含めるように彼に言った。
「ええか、叶うはずないから夢なんや。現実的でないからこそ、夢に憧れるんやんか。」
「そうかな…。」
「そうやって。ほんなら、出来るってわかってることだけが夢なんか?ちゃうやろ、出来るかどうかわかれへんから夢なんやろ?」
そう言ってラナは椅子の背にもたれ、暗い天井を見上げて言葉を続けた。
「現実を見れば、わいにかて家族がある。家族を養って、安定した生活させて、子供らを立派に育て上げる。それはそれで立派な仕事や。もうそれだけで充分大変や。せやけど、わいはそのためだけに生まれて来たんとちゃう。そのためだけに、生きているんとちゃうんや。一度しかないわいの人生やもん、夢がなかったら、オモロないやんか。ん?」
「…おもしろいとかおもろくないとか、人生ってそんなものかい?」
「当ったり前や、おもろなかったら生きてる意味なんかあらへんで。生きているから面白い、面白いから生きている。おもろなかったら、面白くなるよう努力するんや。」
あっけらかんとしたラナの答えに、トニーはしばらく面喰った。
(生きているから面白い…。面白いから、生きている?)
それが全ての答えにはならないだろうとトニーは思った。だが同時に、それも一つの生き方なのだろうとも思った。そう思うと、胸のなかにつかえていたものがすっと軽くなるような気がしたのだった。
「ラナさんって、変わってるね。僕の知ってる大人達は、そんな事は言わなかったよ。」
「そうか?みんな口には出せへんけど、心の中では思っとんで。そこのトッピーもジラフも、それぞれの夢を抱いて生きてるんや。そして、多分お前の親父さんも。」
父親の名前を出されて、トニーはまたうつむいてしまった。あの男のどこに夢なんて言葉があるんだろうか。酒を飲んでは仕事の愚痴を言う親父。その癖、家にいる場所がないかのように休日にでも会社に行く親父。夫婦喧嘩しては僕に八つ当たりする親父。死んだ兄のことばかり口にする親父…。
「そんなこと、信じられないな…。」ぽつりとトニーが言う。
「そうかも知れん。大人っちゅうもんはなトニー。何度も裏切られたり、何度も現実に叩きのめされたりするうちに、段々夢を忘れていってしまうんや。お前の親父さんも、そんな可哀想な大人の一人やで、多分。」
トニーの脳裏に、5歳の頃のおぼろげな記憶が蘇る。大きくて、強くて優しくて、いつも僕を守ってくれた兄。親父は何かというと「兄ちゃんを見習え」って言ってたっけ。そう、あの5歳の暑い夏。酒酔い運転のトラックが、兄の命を一瞬で奪っていった夏。…あの日から、何もかもが段々おかしくなっていったんだ。親父にとっての夢は、たぶんあの日に消えたんだろう。そして絶望の果てが、今の彼の生活なのだろう。
「ねえ、ラナさん。」
トニーが聞く。
「ん?」
「ラナさんは、絶望したことはないの?」
「絶望?」
「…うん。僕、地球を出るときは絶望してたんだ、もう生きるのも嫌だって。ラナさんには、そんなことはなかったの?」
「しょっちゅうや、今でもな。」
ラナはにやりと笑って見せた。
「今まで一体、何べん絶望の淵に叩き落されたことか。眠れん夜もあった、家族から逃げ出したくなる時もあった。チンケな会社経営なんか止めてもうて、もっと安定した職に就こうって決心した日もあった。せやけどな、その度に希望を持ってやり抜いて来たんや。」
「…でも、何も救いがなかったら?もう、どうしようもないとわかってたら?それでも、まだ希望が持てるって言うの?」
「わからん奴っちゃなぁ、救いがないからこそ希望を持つんやんか。希望っちゅうもんはな、絶望の中から初めて生まれてくるもんやで。」
絶望の中から?と問い返そうとして、トニーはまず自分で答えを考えてみた。僕がこうして家出なんかしたのも、地球の生活に絶望したからだ。でも家出を決心したとき、僕の心にはもう希望が芽生えていたじゃないか。考えてみれば、人間は逆境になればなるほど、理想を夢見ずにいられない因果な生き物なのかも知れない。
「…そんで、どないやトニー。まだ、この星で暮らそうって思ってるんか?」
トニーは黙って首を振る。そして顔を上げてラナを見ると、初めてにっこりと笑って見せた。
「僕、地球でもう一度がんばってみるよ。…ありがとう、ラナさん。」
そう言われて、ラナは顔を赤らめる。
「礼を言われる筋合いはないで、あれはわいなりに見つけた答えなんや。お前の答えはお前の力で探さなアカン。それに、わいかて人生の途中なんや。世の中に人生のすべてを知ってる奴なんかおれへんで、みんな人生の途中なんやからな。」
トニーは力強くうなずいた。生きるという意味がわかった訳ではないが、少なくとも答えを探すための方法が彼にも見えてきたのである。地球でずっと抱いていた先行きのない無気味な不安感は、もう彼の心から消えていた。いや、それを乗り越えるだけの強さを身に付けたのかも知れなかった。
「ほんじゃ、寝といたほうがええで。この分じゃ出港は夜や。今の内に寝とかんと、出港前はドタバタして寝てる間なんかあれへんからな。」
彼はこっくりとうなずくと、椅子に深く腰掛けた。眠るつもりはなかったのだが、目をつむっていろいろなことを考えているうちに、すぐに深い眠りの中へと落ちていった。
「みんな、そうやって大人になってゆくんやで…。」
ラナは彼の寝顔に呟くと、自分も腕を組んで目をつぶった。窓の外を吹きすさぶ風の音以外には、古い石炭ストーブのごうごうと燃える音が聞こえるだけだった。
「お客さん、雨が止みましたよ。起きんさいや、出港に間に合わねえべ。」
親父の声に、トッピーはゆっくりと目を開けた。
「ああ、どうも…。ラナ、ジラフ、シビップ!起きろよ、出港だ。」
「…何や、やかましいな。もう朝になったんか?」
「もうちょっと寝かせてくださいよアン教授…あれ?ここは、どこですか…?」
ラナは思考を半分夢の中に置いてきたような目つきで起き上がり、ジラフは何故自分がここにいるのかわからず辺りを見回している。いつもながら、この二人の寝起きは悪い。
「トニー、起きるペポ、時間ペポ!」
一人寝起きのいいシビップはトニーを起こすと、ストーブの周囲に散らかった衣類を一人で片付けだした。すっかり雑用係が身に付いているらしい。
「ほれ。寝起きはこれが一番だべ。」
親父の運んできた熱いコーヒーを口にすると、香りが頭の芯まで染み透ってくるようだった。窓の外を見ると、もう嵐はすっかり止んでいる。まぶしく輝く白い夕日を遮って、いくつもの黒雲がせかされるように飛ばされてゆく。
「…白い夕日か、素敵だね。この星じゃ、いつでもこうなんですか?」
「ハハハ、嵐の後だけだべよ。」
「雨が空中の粉塵を洗い流すから、光が散乱しないので夕日も白く見えるんですよ。」
ジラフはカップを片手に、トッピーと並んで夕日を見た。ラナ、シビップ、トニーも窓から夕日を眺める。それは夕日と言うより、まるで生まれて初めて見る朝日のような、とても新鮮な光景だった。
やがてトッピー達は親父に礼を言うと、サジタリウス号を止めっ放しの空港に向かった。サジタリウス号はあの強い風にも倒れずに、しっかり4本の脚をシュタール星の大地にふんばって、長い影をコンクリートの地面に落している。
「やあ、宇宙便利舎の皆さんですね。これですか、おたくらの宇宙船って?」
コンテナを積んだトラックから、青年が元気な声を上げてトッピー達を呼んだ。
「はい、そうです!ご苦労様です、嵐で大変だったでしょう!」
「なんの、構いませんよ!こっちも仕事ですからね。はい、これ伝票。支払いと受け取りのサイン、お願いします。」
支払いを無事済ませると、今度は荷物の積み込がある。普通の空港ならパワーローダーという積荷搭載用の設備があるのだが、発着台さえない簡易空港にそんな便利なものがあるはずがない。農協のフォークリフトを借り、サジタリウス号の貨物エレベーターをフル稼動させながら、青年にも手伝ってもらい5人がかりでコンテナを積み込んでゆく。
「これでオーラスや、最後の一個やで!」
ラナの声が響いた頃にはもう日はとっぷりと暮れ、空港は町から流れるほのかな光と、サジタリウス号の着陸灯だけに照らされていた。
「それじゃ、僕は失礼しますから。航海のご無事をお祈りしてます。」
青年はそう言ってトラックに乗り込んだ。
「すんませんなぁ、手伝ってもろて!」
「どうも、ありがとう!」
窓から手を振って、彼のトラックは夜の町へと帰って行く。上下に揺れながら小さくなってゆくテールライトを見送って、トッピーはサジタリウス号の搭乗ラダーに手をかけた。
「ラナ、ジラフ、シビップ。出発だ、地球へ帰るぞ!」
「ペポ!」
「ハハハ、アン教授、すぐに帰りますからね!」
3人は喜び勇んでラダーを登ってゆく。ラナは着陸脚に腰掛けたトニーの肩を、後ろから叩いて声をかけた。
「トニー。帰るで、ええな。」
「…うん。」
ラナの後に続いてラダーを登りながら、トニーはもう一度シュタール星の町並みを振り返って見た。果てしなく広がる暗い畑の中でそこだけが、星空を地上に降ろしたようにきらきらと輝いていた。
※※※ 小説に登場している人物・団体・製品などの名称は全て架空のものです。例え同名のものが実在しても、本小説の内容とは一切関係ありません。 ※※※
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