遺書を書く少年:7「嵐」
そこは見るからに田舎の町だった。国道が2本交差した所に、自然発生的にできた町である。空港は町の西側にあるがこれも始めからあった訳ではなく、必要に迫られてできたものである。従って雑な造りの簡易空港であり、そのうえ宇宙船と航空機で滑走路を共有している。もっとも、交通量が少ないのでそれほど問題でもないらしい。
トニーは初めての異星の町をきょろきょろ見回して歩きながら、そこが地球の風景と何ら変わりないことに落胆していた。交わされる会話、店の看板、道路標識どれも見慣れた地球語である。第一、人種がほとんど地球人だ。そこは宇宙の果ての惑星というよりも地球の田舎、しかもはるか昔に訪れた場所のような気さえした。
「この星はね、つい最近開拓されたばかりの星なんですよ。」
不思議そうな顔をしたトニーに気付き、ジラフが説明し始めた。
「最近って言っても、30年くらい前なのかな?この町はラグス・バレイと呼ばれていて、地球からの移民が開拓した町なんだ。」
トッピーもそこまでは知らなかったらしく感心して言った。
「ジラフ、よく知ってるね。」
「ヘヘヘ、実は一夜漬けで調べただけですけどね。この星の人種のほとんどは地球人だし、公用語も地球語なんですよ。シュタール星は、地球人が開拓したみたいなものですから。」
「前に住んでいた人達、どうしたペポ?」
「この星には知的生命体はいなかったんだ。いたのは巨大な怪物だけ。今でも保護区に行けばそいつらが生きていて、時々地球から観光ツアーが来るって話ですよ。」
トニーは心底落胆した。宇宙の果ての星だと思っていたら、そんな陳腐な星だったなんて。観光客が来るようじゃ、太陽系の中と大して変わらないじゃないか。
「おーいトッピー、野菜問屋や。ちょっと相場でも見てけへんか?」
先を歩いていたラナが、こっちを振り返って手招きしている。大きく無愛想な倉庫のような建物だが、中には各種野菜が山積みにしてあり、割と活気もあるようだ。
「おっさん、すんまへん。わいら、地球から野菜の仕入れに来たんやけど。」
「へい!何をお求めでやんしょ?」
「そやな、まずオレンジを見せてくれまへんか?」
ラナ達が商談をしている間、トニーはしきりに逃げる機会を伺っていた。
(人ごみに紛れて逃げようか、それともトイレに行くって嘘でもつこうか…。)
だが、何故か実行には移せない。気持ちばかりが先走りして、トニーはうろうろと同じ所をぐるぐる回っているだけだ。
(何故なんだよ…どうして、嘘が言えないんだ。ここで逃げなきゃ、また地球に逆戻りじゃないか。そんなぶざまな真似、できないよ!)
トニーの頭の中で、S達のあざ笑う声がする。「トニーの奴、泣いて地球に帰ってきたそうだぜ。」「おおかた、ママが恋しくなったんだろうよ。」「根性なしに、家出なんかできるもんか。」
(それじゃ、何のために家出したんだかわかりゃしない!ここまで来たら、もう引き返せないんだ。さあ、勇気を出して!たった一言嘘をついて、2〜3日逃げのびればそれでいいんだ!)
思い切ってのどにまで言葉を出して、やはり彼には言い出せない。迷っている間にも、商談はどんどん進んでゆく。
(まずいよ、早くしないと話が終っちゃう!最後のチャンスなんだ、思いきって!)
「あの…。」
おずおずとトニーが言いかけた瞬間、ラナの大声が彼の声を打ち消した。
「ほな、決まりですな。2時までに、そこの空港に荷物運んでもらうっちゅうことで。」
「料金は、現物受け取りで支払いますから。」
「へい、承知しました。それでは、また後ほど。」
「ほな頼んまっせ。」
商談が成立してしまったようだ。トニーは出しかけた言葉を引っ込めて、地面を蹴ってぶつぶつ呟く。
問屋を出ると、既に日は高く昇っていた。トニーは再び町を見渡してみる。あまりパッとしない、さびれた小さな田舎町。大通りの両側、わずか数百メートルの間だけに店が集中していて、そこをはずれると民家がぽつぽつ。その周囲には、地平線まで広がるだだっ広い麦畑。
僕がこの町に生まれていたら、とトニーは考えた。僕は、一体何をしていただろう。この小さな町で一生を終ろうと思ったろうか。それとも、やはり町から逃げだそうとしたろうか。…この町に逃げ込んで、僕は何をしようとしているのだろう?
「トッピー、そこの茶店でも入らんか?これから後3日間、また宇宙食ばっかりやで。」
ラナが、親指で店の入り口を指して言った。
「宇宙食もういやペポ!」
「あんなの食事じゃなくて『エサ』ですよ、ひさしぶりにちゃんとした物でも食べましょう。」
トッピー達に連れられて、トニーも小さな喫茶店に入った。薄汚れたガラス窓、コーヒーのしみがついたままのテーブル。メニューは5、6種を残し、全て×印で消されている。
(アチャー…。)
ラナは失敗したかな、と考えた。トッピー達も一斉に顔を見合わせる。だが一旦入った店をすぐに出るのも気が引けるし、町をパッと見渡したときに目につく食べ物屋はここくらいしかなかったのだ。
「…何頼みます、ラナさん?」
「何って、トーストセットしかあれへんで。」
「じゃ、それでいいよ。すいません、トーストを5つ!」
注文すると、店の親父は無愛想に短く答える。それを他人事みたいな表情で聞きながら、トニーはその視線をぼんやりと窓の外に向けていた。やがて、カチャカチャと音を立ててコーヒーが運ばれてくる。
「ねえトニー君。君、兄弟はいるのかい?」
何杯も砂糖を入れて甘くなりすぎたコーヒーを、唇をとがらせてすすっているトニーにトッピーが尋ねた。
「ううん。一人だよ。」
トニーは視線を落とし、「兄ちゃんがいたけど、僕が小さいときに死んじゃったんだ。」と言葉を続けた。
トッピーははっとした表情で視線をそらした。話題が途切れて、テーブルは気まずい沈黙に包まれる。(…そう、あの日から何もかもがおかしくなっちゃったんだ。)そう考えて、トニーはまた一口コーヒーをすすった。
「お待ちどお。」
無愛想な声とともに、トーストの皿が運ばれてきた。喫茶店の小さなテーブルの上に、苦労して5枚の皿が並べられる。トニーはその一片をつまみ上げると、小さくちぎって口の中に放り込んだ。
「しかし、ええ値段でオレンジが入ったなあ。」
ラナがトーストをぱくついて、口をもぐもぐさせながら切り出した。
「輸送の方はさんざんやったけど、あれやったら返り荷で利益上げられそうや。久しぶりの黒字になるかも知らんで、なあジラフ。」
「え?ええ、そうですね。」
「シケた面しとる場合やないで、さっさと地球に帰って、景気よく打ち上げといこうで!上等のチーズと肉をたっぷり入れたラザニアや!!」
「地球に帰って」の言葉を聞いて、トニーはピクリと体を震わせた。ラナは横目でそれに気付くが、知らん振りで仕事の話をしゃべり続ける。
彼にはトニーの行動が大体わかっていた。さっきの商談の最中も、しきりにうろうろと落ち着かなかったのも感づいていた。にも関らず、彼はトニーには全く関心がないようにふるまっていた。
「僕、トイレに行ってくる。」
トニーはそう言って席を立ち、店の奥のトイレに姿を消した。それを見送るシビップ、あくまで無関心を装うラナ。
「ラナさん、あなたって本当にデリカシーのない人ですね。」
ずるずるとコーヒーをすするラナに、ジラフが説教じみた口調で言った。
「ん?」
「トニー君、あんなに淋しそうにしてたじゃないですか。それを放っておいて、仕事の話なんかベチャベチャしゃべって。」
「アホか。わいら、ガキの引率に来た訳とちゃうねんで。仕事に来て仕事の話をして、何が悪いっちゅうねんや。」
トッピーは肩をすくめ、ジラフはやれやれといった表情で頭を振る。ラナはケッと言ってトーストを丸めて口に投げ込むと、コーヒーで一気に流し込んだ。
「とにかく、とっととこんな星とはオサラバしようで。ゴタゴタはもう沢山や!」
トッピー達が店を出ると、空模様が怪しくなっていた。遥かに広がる麦畑の向こうには黒雲が見え、風が湿っぽい匂いを運んでくる。
「こりゃ、一雨来そうやな。」
ラナが空を仰いで言った。遠くで聞こえる雷の音、かすかに風に匂う電気のにおい。雲は見る見るうちに広がって、麦畑は遠くから順にかすんで見えなくなる。気がつけば、町を歩く人影も急激に減っていた。
「ヤバイ雰囲気ですね…。」ジラフが雰囲気を察して言う。
「危険…何か、来るペポ!」シビップも危険を感じている。
「まずいな、早くサジタリウス号に戻ろう。」
「こんなことやったら、雨宿りしときゃよかったな!」
トニーをせかして空港まで走ろうとすると、喫茶店の親父が後ろから声をかけた。
「おたくら、空港へ行きなさるんかね?」
「ええ、今日の午後の便で地球に帰るんです!」
「そんじゃあきらめたほうがいい、今日一日はもう駄目だ。」
「駄目!?」
「何でです?」
「嵐が来よるからの、あんたらも早く中に入って!」
「嵐??」
親父は扉を開けて手招きする。トッピー達はあぜんとした表情で立ち止まったが、次の瞬間には親父の言った意味がよくわかった。
ふっと風が止まり、全てが静寂に包まれた。そして次の瞬間には滝のような勢いで雨が叩きつけてきた。
「ウヒャーッ!」
ラナが何か叫んだが、耳をつん裂く雷鳴にかき消されて聞こえない。おまけに地鳴りのような音が近づいて来たと思うと、それは暴風になってトッピー達に襲いかかった。
「早く入るだ!」
目を開けるのもやっとの暴風の中で、トッピー達は親父の店にあたふたと逃げ込んだ。親父は全身で風に逆らって扉を閉め、そして厳重に鍵をかける。店の中には、ほっとするような静けさが戻ってきた。
「大丈夫だか、あんたら?」
「一応、大丈夫ですけど…。」
「たったあれだけの間にびちょびちょや。見てくれや、これ。」
ラナは自分の袖を引っ張って言った。
「ま、ゆっくり雨宿りしていけや。今日はこれで店じまいだ。こんな天気じゃ客も来ねぇ。」
親父はそう言って腰を上げると、店の中央に置いてある古くさいストーブに火を入れてくれた。
「すいません、見ず知らずの僕達に…。」
「いやあ構わねぇだよ、これも何かの縁だべ。それに、困ったときはお互い様だ。」
「いやあ、おおきに。ホンマ助かりましたわ。」
トッピー達は濡れた服を脱ぎ、ストーブの周囲にぶら下げ始める。トニーも靴下を脱いで釣り下げると、ガタガタ音を立てる窓に駆け寄って外を覗いてみた。風は紙屑や店の看板を吹き転がし、雨は一面に水煙を立てて叩き付ける。町全体が吹き抜ける風にうなり声を上げ、所々で巻いた空気の渦が金切り声を上げている。しかしトニーは荒れ狂う嵐の風景に、なぜか懐かしさと憧れを感じていた。彼は窓際に頬杖をついて、ぼんやりとその景色を眺めていた。
※※※ 小説に登場している人物・団体・製品などの名称は全て架空のものです。例え同名のものが実在しても、本小説の内容とは一切関係ありません。 ※※※
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