遺書を書く少年:6「シュタール星にて」



「ヒャー、こらホンマに田舎の星やわ。」
 真っ先にラダーから降りたラナが、すっとんきょうな声を上げている。トッピーやジラフの後に続き、トニーは最後にラダーを降りた。
(ここが、シュタール星?)
 トニーは周囲を見渡して、自分の想像と違うことに落胆した。地平線まで続く真っ直ぐな道が2本、空港の近くで交差している。その丁度交差した辺りに人口2千人くらいだろうか、さびれた小さな町がある。それ以外は、見渡す限り畑ばっかりだ。なるほど、農業惑星だけのことはある。
「トッピー、客はどこや?」
 ラナが辺りをきょろきょろ見回して言った。
「荷物運んだんはええわ、荷受人はおらんわなんてことになったら、わいら丸損やで。時間、間違うてはおらんやろうな。」
 ラナと一緒に、トッピーも辺りを見渡してみた。夜の明けたばかりの空港には自分達以外には人影もなく、まだ街頭の灯いている町も静けさの中に沈んでいる。
「朝一番って、言ってましたよね…。」
「うん、5時までに絶対届けろってあんなにきつく言ってたのに。ジラフ、時間は?」
「朝の、4時45分。ちなみに、地球時間なら夜の7時38分です。」
「なら、時間には間に合ってる訳だ。しばらく待とうよ、向こうにも何か事情があるのかも知れないし。」
「かなわんなぁ、わいら客の事情次第でコキ使われてばっかりや。」
 トニーはサジタリウス号の着陸脚の上に腰掛けて、昇り来る朝日に目を細めていた。とにかくどんな田舎の星だろうと、あんな薄汚れた地球なんかよりましなはずだ。絶対逃げ出してやる、でも今はまだ駄目だ。町に逃げ込んでも、すぐに発見されてしまうだろう。もう少し時間が経って、町が活気づいてから人ごみに逃げ込めばいいんだ。2〜3日も隠れ通せばそれでいい、連中も僕一人のためにこんな星に3日も4日も留まったりはしないだろう。
「トニー?」
 目を上げると、シビップが心配そうな顔で立っていた。
「どこか、具合悪いペポ?」
「ううん、大丈夫。」
 トニーは手を振って答える。
「本当に?宇宙時差苦しい、眠たかったら寝たほうがいいペポ。」
 シビップの澄んだ目で見つめられると、トニーは心の奥底までを見透されるような気がした。慌ててシビップから目をそらし、うつむいて彼はこう答える。
「大丈夫だよ、心配しないで。…ありがとうシビップ、君っていい人だね。」
「?エヘヘ、ペポ…。」
 シビップは照れて頭をかいたが、トニーの胸はますます苦しくなった。僕は嘘をついている、シビップを騙しているんだ。他の三人はどうでもいい、でもシビップにだけは嘘をつきたくない。でも、本当のことを言う訳にもいかないし…。
 客はいつまで経っても現れなかった。段々と日は高くなり、空港から見える町に次第に活気づいてくるのが見える。短気なラナは、サジタリウス号の無線電話で連絡を取ろうとラダーを登っていった。だが、何度かけても誰も電話に出ない。トッピー達にはもう、じっと待つ意外には手段はなかった。
 事情を知らないトニーには、一体何を待っているのかわからなかった。ラナはしきりに何かぶつぶつ言っているし、ジラフは心配そうに歩き回っている。トッピーは腕を組んでじっとしているし、シビップは宇宙船の陰で静かに歌を歌っている。一体、この人達はこの星に何をしに来たんだろうとトニーは思った。だが、わざわざ聞いてみようとも思わない。どうせ、すぐに関係なくなるんだ。でも、何か町へ行く口実を作らないとそろそろマズイな…。
 突然、ジラフ達の様子に変化が起きた。彼らの指差す方を見ると、町の方から港に向け一台のトラックが走ってくるのが見える。やがて車はサジタリウス号の近くで止まり、中からでっぷり肥った紳士が降りてきて、帽子を脱ぐとこう言った。
「いやぁ、悪い悪い。待たせましたかな?」
 トッピーがうれしそうに駆け寄って聞く。
「シュタール農業組合の、サントスさんですね?」
「そうです、あなたがたは地球からいらした…えーと、便利…。」
「新宇宙便利舎の、トッピーです。」
「そうそう、新宇宙便利舎の皆さんですな。いやいや、遠いところを、こんな朝早くに御無理を言って申し訳ありませんな。」
(朝早く、だって…?!)
 トッピーは目の下の筋肉をひきつらせながら、しかし口調はほがらかに言った。
「いえ、とんでもない!僕達は便利屋なんですから、お客さんの言うことは絶対ですよ。…ところで、到着時間は朝の5時という御指定だったと思うのですが…。」
「あ〜そうそう、いや何、もし昼の種蒔きに間に合わないと一大事ですからな。遅れられると困るので、少し早めの時間を指定させていただいた訳で。しかし、まさか時間通りに来られるとは驚きでしたな。」
「そりゃ、もう!」
「うちは、真心サービスがモットーでありますよってな。たとえラザニア、もとい命と引き換えにしても、指定時間は厳守しますんや。」
 もみ手をするラナの笑顔も引きつっている。それに気付かないのか気にしないのか、客は豪快に笑ってこう言った。
「ハハハ、いやはや、小さな会社だと思っていましたがとんでもない。お宅を見直しましたよ。」
「そりゃどうも、ハハハ…。」
 トッピー、ラナ、ジラフの3人も声を合わせて笑ったが、その目は決して笑っていなかった。
 やがて荷物の引き渡しも無事に終わり、「それじゃ、またお願いしますよ。」との言葉を残して客は立ち去った。トラックが見えている間はニコニコ笑って手を振っていたトッピー達も、やがて車が町に入って見えなくなると途端に心のままをむき出しにした。
「ドアホ、何が朝一番や!わいら、完全にコケにされとるで!」
「中小企業だと思って馬鹿にして。何が『時間通りに来るとは思わなかった』ですか、時間を指定したのは自分じゃないですか!」
「もう、こんなお客はこりごりだね。どうする、次の注文が来たら?」
「そんなモン、断ってまえ!…って、言い切れる立場でもないねんな…。」
「背に腹は換えられない、中小企業の因果ですよ。あー、情けないっ。」
 ひとしきり愚痴が終ると、トッピー達はそろって溜め息をついた。今までの疲れがどっと出たようだ。
「あー、疲れた。ジラフ、時間は?」
「もう7時半ですよ、2時間半も待たされた訳だ。」
「地球時間ならもう夜の10時、そろそろ辛くなる頃やで。さっさと返り荷調達して、こんな星オサラバしようやないか。」
 トッピーはうなずいた。宇宙パイロットをしていて辛いと思うのは1にこの宇宙時差であり、2番目が宇宙酔いである。特に1回の航海であちこちの惑星を巡るときなどは、星ごとに違った時間に体を合わせなければいけない。しかも星ごとに一日の長さや夜昼の比率が違うので、体にかかるストレスたるやすさまじいものがある。宇宙時差で体調を崩すと、今度は宇宙酔いにかかる確率も高くなる。こうなったらもう最悪だ。頭はフラフラ、体はボロボロ。頭痛、発熱、悪寒に下痢が総攻撃でやって来る。
「そうだね、時差でフラフラになる前に買い付けに行こう。ジラフ、この星の特産物は?」
「この時期なら、オレンジがいいですね。この星のオレンジは大粒で甘みがあって、地球人の口にも合うって評判ですから。」
「よし、それならオレンジがまず中心だな。それから?」
「野菜、果物ならこと欠きませんよ、何せこの星は農業惑星ですから。市場を見に行って決めましょうよ、百聞は一見にしかず、です。」
「ジラフの言う通りや、さっさと町へ繰り出そうや。シビップ、そいつと留守番頼んだで。」
 そう言って、ラナは真っ先に町へ向けて歩きだした。
「あ、あの!」
 突然のトニーの呼び声に、3人は立ち止まって振り返る。
「…僕も、町へ行きたいな…。」
 トッピー達は顔を見合わせた。ここぞとばかり、トニーは精一杯の演技で声を張り上げる。
「ねえ、連れて行ってよ。僕、太陽系以外の星へ来たの初めてなんだ。どんな様子か、見てみたいんだ。頼むよ!」
「アホ、わいら観光で来た訳とちゃうで、こりゃ仕事や、仕事!」
 トニーは心の中でむっと腹を立てた。何でも仕事、仕事って言ってりゃ、子供はごまかせると思ってるのか?
「そんな事言わないで、この通り!頼むよ、一生のお願いだから!」
 トニーは感情を押し殺し、しきりにいい子を演じようとした。ラナはピンと怪しい気配を感じる。子供が妙に素直な時は、大体ロクなことがない。
「いいじゃないか、ラナ。」
「トッピー!お前、また甘やかす気か?こいつは…」
 逃げようと思って嘘ついてんのやで、と言いかけて、ラナは言葉を飲み込んだ。今ここでそれを言ってしまえば、トニーはかえって何が何でも逃げだそうとするだろう。ここは一つダマされたふりをして、向こうの出方を探らねばならない。
「…もうええ、わいは知らん。勝手にせい、わいは行くで。」
 ラナはプイと背中を向けると、町へ向かって一人でずかずかと歩いて行った。
「何ひねくれてんですか、そんな中年嫌われますよ。」
「放っとけ、わいはもう充分嫌われもんや!」
「しょうがないな。トニー君、ラナの事は気にしなくていいよ、一緒に連れてってあげるから。」
「うん。ありがとう、おじさん!」
「シビップ、君も一緒に来いよ。一人で留守番なんて、つまらないだろ。」
「ペポ!ハハハ、トニー良かったペポ!」
 ラナは背中でトニーの気配を気にしながらも、無関心を装って歩いてゆく。
(アホが。あないな見え透いた嘘、何でトッピーやジラフには見抜かれへんのやろ。…やっぱり、子育てのキャリアが違うわなぁ。)
「おじさん、結婚してるんでしょ?子供はいるの?」
 トニーは嘘を見抜かれまいと、わざと明るくふるまっていた。
「ああ、娘と息子が一人づつ。」
「ふーん。ねえ、おじさんは?」
「おじさん!?エヘン、お兄さんと呼んで欲しいな。」
「ハハハ、ジラフ、君も充分おじさんだよ。彼は結婚しているけど子供はまだ。ラナは合わせて7人の大所帯だよ。」
「ふーん。」
 背後で聞こえるはしゃぎ声に、ラナはフンと鼻を鳴らす。
(甘いのう、ジラフもトッピーも。あんなガキなんぞに愛想使うてからに。あのザマじゃいずれ家庭に居場所がなくなるで、かく言うわいがそうやからな。ガキを甘やかすと、全くロクなことにならん。)
 5人は簡易空港のコンクリートの地面を抜け、町に向かって歩いていった。トニーはその間、どうでもいいような質問を発してしゃべり続けた。彼は沈黙が恐かった。沈黙は、彼の薄っぺらな嘘を見破ってしまいそうに思えたのだった。


※※※ 小説に登場している人物・団体・製品などの名称は全て架空のものです。例え同名のものが実在しても、本小説の内容とは一切関係ありません。 ※※※

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