遺書を書く少年:5「大気圏突入!」



「それで、君のパパとママ喧嘩ばかりしてたペポ?」
 ラナが入ってきて途切れた話を、シビップがまた聞き返した。
「うん…僕の気持ちなんか、ちっともわかっちゃくれないんだ。」
 トニーは横目でラナを気にしながら話を続ける。ラナはラナで寝たふりをして、しっかり二人の会話に耳を澄ませていた。
「親父は仕事のことしか考えちゃいない。学校の事なんかちっとも知らないし、僕の年齢だって覚えてるかどうか怪しいもんだ。そのくせ、事ある度に親父風を吹かせたがる。お前は誰の家に住んでいるんだ、誰のお陰で飯が食えるんだ、ってね。」
 ラナは自分の事を言われているようでギクリとした。自分も子供にそんな事を言った覚えがある。苦し紛れの大人の言い訳を、子供はしっかり素直に受け取るものらしい。
「おふくろは昼間はパートに出てる。親父の働きだけじゃ、家のローンも払えないってね。親父はそれが気に入らないらしくて、夫婦喧嘩はしょっちゅうさ。おふくろは僕に立派な大人になってくれなんて言うけど、僕には立派な大人って意味がわからない。大人なんて、誰一人立派な奴には見えないんだ。」
 トニーはシビップに耳を寄せ、小声でこう問いかけた。
「ねえシビップ、君はこの船の連中とは長いんだろう?どう思う、特にあのラナって奴。君は、立派な大人だと思うかい?」
 シビップは、寝転がっているラナの背中に視線を移して言った。
「トニーは、ラナの事どう思うペポ?」
「嫌な奴さ。自分勝手で、子供の気持ちなんかわかりっこない。何かにつけて家族家族って言ってるけど、それは格好つけてるだけじゃないのかな。」
「…ラナ、そんな人じゃないペポ。」
 シビップは首を横に振って言った。
「ラナ、とても家族の事大事に思ってる。ラナが自分勝手なの家族のこと思ってるから、家族のために危ないことしたくないからペポ。」
 そうかな、と疑わしげな目でトニーもラナの背中を見る。
「ラナだけじゃない、トッピーもジラフも、みんな家族の事何より大事。みんな家族のために一生懸命仕事してる、シビップみんな立派だって思うペポ。」
 トニーはしばらくシビップの目を見ていたが、やがて淋しそうに首を振って、
「君は、きっとだまされているんだよ…。」
 と言うと立ち上がった。
「大人なんて、信用できるもんか。君も気を付けたほうがいいよ、大人なんかと一緒にいると、自分も知らない間に大人になっちまうからね。」
「トニー、どこ行くペポ?」
 トニーは答えず、黙ってキャビンを出ていった。後を追おうとしたシビップは、後ろからラナに引き止められた。
「シビップ。しばらく、一人にしといたれや。」
「ラナ、起きてたペポ!?」
「ああ。あいつ、ずいぶんいやな目に逢うたらしいな。家出企てるのも、無理ないか。」
 シビップはうなずいて、トニーの出ていったドアを見つめていた。その向こうで、彼はまた孤独な膝を抱えているのだろう。
「ラナ、あの子のパパとママ、心配してると思うペポ?」
「そら心配しとるやろうで。わいかて、地球の子供らの事心配やもん。」
 ラナは遠い目をして、自分の子供達の事を思い出した。やんちゃで出来損ないでわがままで、なのに可愛くてしょうがない7人の子供達。
「わい、あいつらが家出したって聞いたら卒倒してまうやろうな。あの子の親父さんもおふくろさんも、家出したって連絡受けたらどんな顔するやろ?」
「…ラナ、トニーを警察に渡したほうがいいと思うペポ?」
「同じ人の親としての気持ちはそうや、一刻も早く地球の親元に返したほうがええ。せやけど、わいにもあんな時期があったからなぁ。大人なんて大嫌いや、大人になんてなりとうないって。あいつの気持ちも、まんざらわからんでもないわ。」
「ペポ。トニー、かわいそうペポ…。」
「おっとシビップ、わいはあいつに同情した訳とちゃうからな。わいはあいつの事はもう知らん、後はトッピー達に任せたんやからな。」
 そう言ってラナは壁の方を向いて寝転んだ。だが目を閉じても、しばらくの間トニーのことが頭から離れなかった。
(全く、あのクソガキが…待てよ、わいの子供らも、わいのことあんな風に思っとるんやろか。いや、あいつらに限ってそんなことは…。せやけどあのガキの親父さんも、あいつに限って家出なんかって思っとったんやろうなぁ。)
 シビップが琵琶を抱えて、もの悲しい曲を弾き始めた。澄んだ歌声が、ラナの胸の中にまで染みとおる。
(帰ったら、真っ先にあいつら遊園地でも連れて行ったろ。ここんとこしばらくバイトばっかりで、あいつらの事ちっとも構ったれへんかったからな。それにしてもあのトニーって奴、親不孝な事しよったな…。)
 やがて、ラナは安らかな寝息を立て始める。キャビンの中にはしばらくの間、シビップの歌声だけが静かに流れていた。

 サジタリウス号航海日誌より抜粋
「4月21日 地球時間 17:13 記入者トッピー
魚座フォーマルハウト空域、空間座標X−2421/Y−0471/Z−9324
 今日、カーゴルームより密航者を発見。名前はトニー、13才の少年。家出を思い付き密航を企てた模様。処分についてクルー一同相談の結果、自分達で連れて帰ることに決定。ただしラナ、少々不服の様子。地球の警察、及び両親には連絡済み。
 その他には事もなくシュタール星への航海は順調、エンジンの調子も異常なし。空調装置は相変わらず不調なるも、航海には事実上支障なし。」

「ラナさん起きて、起きてくださいよ。」
 ジラフの声に、ラナはうるさそうに寝返りを打った。
「何やうるさいな、ジラフか?何の用や一体、わしゃまだ眠たい…。」
「何の用じゃありませんよ、もうすぐ到着ですってば。さあ早く起きて!」
 ラナは仕方なく目をこすって起き上がると、両手を一杯に伸ばしてあくびをした。
「ファ〜、よう寝た。…と思ったけど、4時間くらいしか寝てへんのやな。」
「贅沢は言いっこなしですよ。着いたら荷物の引き渡し、その後すぐに返り荷の野菜の買い付けやら積み込みやらがありますからね。僕達はこれからあと半日は寝れないんですよ。」
「そらご愁傷さま、お前らが不利な契約なんぞするからや。…ところで、あのトニーってガキ何処へ行った?」
 ラナは寝ぼけまなこで辺りを見回した。そう言えば、寝ている間にシビップもいなくなっている。
「みんなコクピットにいますよ、ほらラナさんもしゃんとして!もう、シュタール星が見えてきてますよ。」
 ラナがコクピットに入ると、ちょうどトニーがインターコムを口にあてて何かを話しているところだった。
「うん…大丈夫だよ、帰るから。…わかったよ、しつこいな、もう。うん、それじゃ代わるよ。」
「ああもしもし、トッピーです。お子さんは責任を持ってお連れしますから。…いえいえとんでもない、こちらこそ!はい、それじゃ失礼いたします。」
 無線が切れるのを待って、ラナが尋ねた。
「何やトッピー、そいつの親御さんからか?」
「うん、だいぶ心配かけたみたいだね。」
「せやろなぁ。家出なんて全く、冗談とちゃうで。」
 ラナはトニーを横目で睨んで言って、どっかと操縦席に腰掛けた。
「トッピー、着陸まであとどんくらいや?」
「衛星軌道に乗るのが10分後、大気圏突入はそのすぐ後だ。」
「何やそれ?えらいせわしない着陸やな。」
「しょうがないよ、これでも時間ぎりぎりなんだ。ラナ、着陸の用意はいいかい?」
「了解、えーと自動誘導装置シンクロ準備…あら、ビーコンが検出でけへんで?」
「ああ、誘導設備がないらしいんだ。手動着陸の準備をしてくれ。」
「またかいな。何でわいらの行く所言うたら、こんな辺境の星ばっかりなんや?」
 ラナは顔をしかめて、操縦を手動に切り替えた。
「ねえ、もういいんだろう?僕はあっちに行ってるよ。」
 トニーはふくれっ面でトッピー達に言った。
「ああ、トニー君。もうすぐ着陸だから、君はコクピットに居たほうがいいよ。」
 どうして、と問い返す前に、ジラフが答えを返してきた。
「このサジタリウス号は中古で、乗員用冷却装置がついていないんですよ。それに、対G装置も完備はしていない。居住区のキャビンは暑いし苦しいし、こっちのほうがまだ少しはましなんだ。」
「でも、シートは4人分しかないじゃないか。僕は、床に座っていろとでも?」
「だから、僕が代わりにキャビンに行くんですよ。ほら、トッピーさんの後ろが僕の席だから、君はそこに座ってて下さいね。」
 トッピーは振り向いてジラフに声をかけた。
「悪いなジラフ、無理言っちゃって。」
「いいんですよトッピーさん、僕はもう慣れてますからね。」
 そう言ってジラフは居住区へと戻って行った。トニーは仕方なくジラフの席にちょこんと座り、足をぶらぶらさせながら考えた。どうして大人はあんな風に、心にもないことを言っていい格好したがるんだろう。本当は、僕なんか邪魔だと思ってる癖に。
 今日の両親の電話にしてもそうだ、「馬鹿野郎、何考えてるんだ!」って怒鳴るんならまだ許せもする。「お願いトニー、私達が悪かったわ、だから帰ってきて!」「済まん、俺はお前の気持ちなんて分かってなかったんだ、殴ってばかりで悪かった…。」だと?
 白々しい、今更何を言ってやがるんだ。どうせ地球に帰ればまた夫婦喧嘩、親父は腹いせまぎれに僕をぶん殴るし、おふくろは聞いても仕方のないような愚痴を延々と僕に聞かせるに決まってる。建前で物事を言うのを止めてくれよ。それに今更謝られたって、悪かったなんて言われたって…。
「ラナ、大気圏突入3分前だ。時間と燃料を節約する、半自然降下で着陸するぞ!」 「半自然降下やな、了解。軌道微修正、及び降下角度再確認。」
 キラリ、と光った窓の外の光景に、トニーは思わず腕で目を覆った。シュタール星の巨大な影の向こうから、ダイヤモンドのように太陽が輝きだす。さっと三日月状に光が広がり、シュタール星の地表を少しづつ照らし始める。彼が、始めて宇宙から見る惑星の夜明けだ。
「シュタール星現地時間4時半か、夜が明けてきよったな。ホンマ時間ぎりぎりや。」
「…30秒前!トニー君、しっかりベルトを締めておくんだぞ。おーい居住区のジラフ、そろそろおっ始めるぞ、用意はいいかい?」
「ぶぁっちり!僕はもうすっ裸ですからね、矢でも鉄砲でも持って来いってんだ!」
 スピーカーからは元気そうな声が返ってきた。トッピーとラナは顔を見合わせて笑う。
 やがてサジタリウス号は機首を下げ、シュタール星の厚い大気圏へと突入した。荒れ地をトラックでつっ走るような、強烈な振動と衝撃が響き渡る。
「高度3万…船内温度上昇中…。」
 コクピットの窓は真っ赤に輝いている。ゴウゴウという耳が痛くなりそうな騒音、灼熱するコクピット。まるで、熱病にうなされているみたいだ。
「高度2万5千、船内気温70℃!もうアカン、指令Xや!」
 ラナは大声で叫ぶと、宇宙服を脱ぎ捨てた。トッピーもそれに続き、パンツ一丁の丸裸になる。シビップは目をつぶってじっとしているし、トニーは頭がクラクラしてきた。
「ラナ、1万5千で引き起こすぞ、逆噴射用意。」
「了解、逆噴射準備よし。トッピー、ちょっとタオル貸してくれ、クソ暑い。」
「全くだ。おいトニー君、大丈夫かい?」
「…返事がないな、死んだんとちゃうか?おっと、高度1万5千、逆噴射や!」
 サジタリウス号は機首を上げ、メインエンジンを点火した。急減速のGが船体をきしませ、発生した衝撃波によって船は水蒸気に包まれる。白い蒸気の尾を成層圏に曳きながら、船はその降下速度をゆっくりと落としてゆく。赤熱していた外板が元の色を取り戻した頃、サジタリウス号は高度7千mで水平飛行に移っていた。
「ハー、しんど。何とか、無事に終わったな。」
 ラナはタオルで汗を拭き拭きトッピーに言った。
「無事だといいけど。トニー君、トニー君!…大丈夫かな?シビップ、様子を見てやってくれないか。」
「ペポ。トニー、しっかりするペポ!」
 トニーはうっすらと目を開け、何かぼそぼそと呟いた。
「何だって、シビップ?」
「水欲しいって。シビップ、水持ってくるペポ!」
 そう言ってシビップはコクピットを飛び出して行く。
「多分、軽い熱射病やろ。アホやなぁ、服脱がんと我慢しとったんか?」
「…何も、言ってくれなかったじゃないか…。」
 トニーはぼうっとした意識の下で言い返した。軽い吐き気とめまいがする。
「言えへんかったっけ?この船には冷却装置がついとらんって。」
「でも…!」
「トニー、水ペポ。」
 言いかけた言葉を途中で切って、彼はコップの水を一気に飲み干した。
「ああ、生き返ったよ、ありがとう。…そう、おじさんは服を脱がなきゃならないくらいに暑くなるって、そんなことは言わなかったじゃないか。」
 トニーは口を尖らせてラナを責める。まるで、今までの不満を一気にぶつけているようだ。
「それを棚に上げておいて、人をアホ呼ばわりするなんて。そんなのずるいよ、卑怯だよ!…だから、大人は嫌いなんだ。」
 トニーは最後の「大人は嫌いだ」のセリフを、わざと聞こえないように小声で呟いた。だがこんな言い方をされて、ラナが黙っている訳がない。
「何やと?人が親切で言うたってんのに、何やねんその偉そうな態度は!」
 ラナは拳を握りしめてトニーを睨む。トニーは黙ってラナを睨み返すと、ぷいとコクピットを出ていった。
「あ、トニー!どこ行くペポ?」
「放っとけシビップ!あんなガキ、野垂れ死んだらええんや!」
「ペポ!」
「ちょっとラナ、言い過ぎだよ。」
「黙っとれ!大体、お前やジラフが甘やかすからあのガキンチョが付け上がるんや、わかっとんのかお前は!」
 ラナは操縦竿を握ったまま大声で怒鳴る。その怒鳴り声のリズムに合わせ、サジタリウス号は右に左にと不規則に揺れた。
「ラナ、落ち着けよ!船の操縦が荒いぞ!」
「やかましい!」
「何事ですか、大気圏突入の後は乱気流ですか?!」
 ジラフが服を着るのもそこそこに、壁を伝いながらコクピットに入ってきた。
「そや、乱気流や。わいの気持ちが乱気流や!」
「いい加減にしろよ!ほら、着陸地点が見えてきた、着陸の用意だ!」
「言われんでもわかっとる!サジタリウス号、着陸用意。」
 サジタリウス号は逆噴射を行って速度を落すと、機首を上げて着陸体勢に入った。
「ラナ、いつかみたいに脚を出し忘れるなよ。」
「あの時は着陸台ぶっ壊して、危うく対物保険で弁償したんですからね。今度は保険は効きませんよ。」
「お前ら古いこと覚えとるなぁ、そんなこと早よ忘れぇや。着陸脚確認よし、今度は大丈夫やで。」
「ところでシビップは?トニー君と一緒?」
「ああ、キャビンやろ、多分。」
 トッピーは、居住区のスピーカーに回線をつないだ。
「トニー君、聞いてるかい?着陸するぞ、しっかり掴まっていろよ。シビップ、面倒を頼んだよ。」
「任せるペポ!」
「…着陸10秒前、最終減速。」
 船は地響きを立てて地面に接近する。ロクな設備のない簡易空港は逆噴射をもろに受け、砂煙と蒸気に包まれる。
「5秒前…4、3、2、1、!」
 ズシン!オイルダンパーを軋ませて、サジタリウス号はシュタール星の地面に脚を降ろした。


※※※ 小説に登場している人物・団体・製品などの名称は全て架空のものです。例え同名のものが実在しても、本小説の内容とは一切関係ありません。 ※※※

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