遺書を書く少年:4「それぞれの事情」
居住区のキャビンでは、少年が上目使いでラナを睨んで立ちつくしていた。その態度はふてぶてしくも見え、絶望の末のやけっぱちの態度にも見える。
「お前、一体どこのガキや?ガキの癖に密航なんて、どういう了見や!」
ラナは頭ごなしに怒鳴り付けている。トニーはますます親父に似ているな、と考えた。『ガキの癖に』って、すぐハンコを押したがるんだ、こういう大人は。
「な、なんやその目付きは。お前、両親の名前言うてみい。警察に連絡したるで。」
「連絡したきゃ、してもいいよ。どうせ、親は僕の事なんて心配してないさ。」
「な、何やて?」
「君。誰だって、子供の心配をしない親なんていないよ。」
トッピーの言葉にも、トニーは平然と言い放つ。
「そうだね。大人はみんなそう言うよ。そう言っていれば、格好いいからね。」
「何ちゅうヒネクレたガキや。親の顔が見てみたいわ。」
ラナはむっとしてトニーに言う。お前にそっくりだよ、と彼は心の中で言い返した。
「名前、何て言うペポ?」
緑の異星人、シビップが彼に尋ねた。トニーは偽名を使おうと思ったが、口から出たのは自分の本名だった。
「トニー。トニー・カーライル。」
「シビップペポ。よろしくお願いペポ。」
シビップは右手を差し出したが、途端にラナに怒鳴られて縮み上がった。
「お前はアホか、呑気に挨拶なんぞしとる場合か!」
「いいじゃないかラナ、名前くらい。トニー君、僕はトッピー。こっちがジラフ、こっちがラナだ。」
「トニー君だね、僕はジラフ。」
「わいがラナや。しかし密航者に自己紹介なんて、聞いたことないわアホらしい。」
トニーはまたラナを睨み上げる。『ガキ』の次は『密航者』か。こうやって何でもラベルを貼りたがるんだな。
「君は、何で密航なんかしたんだい?」
「関係ないだろ、そんな事。」
トッピーの質問に、トニーはぶっきら棒な口調で答えた。
「僕のことなんかどうでもいいだろ。さっさと警察にでも何にでも引き渡せよ。」
開き直ったトニーを見て、トッピー達は顔を見合わせて肩をすくめた。
「困った子供ですねぇ、密航なんて。一体どういうつもりなんですかね?」
「全くや。お?トッピー、これ、こいつの荷物か?」
ラナがトッピーの持ってきたかばんを見つけて言った。
「ああ。そうだけど…。」
「へ〜、何を持って来とんのや。」
ラナは勝手にかばんを開けて中をゴソゴソいじり始めた。そして日記帳を見つけると、「何や、これ?」と首を傾げてページを開いた。
「見るな!」
いきなり、ラナにトニーが全身で飛び付いてきた。よろけたラナの手から、トニーは必死で日記帳をもぎ取ろうとする。
「あ、こら、よさんかい!」
「トニー、やめるペポ!」
「ラナさん、それを離すんですよ!」
トニーはラナから日記を奪い返すと、それを抱きかかえてしゃがみ込んだ。
「痛てて、何や…そんなに大事なもんかいな?」
「ラナ!いくら子供の持ち物でも、勝手に開けるなんてよくないよ。」
「そうですよラナさん、今度はあなたが悪いです。」
二人に言われて、ラナはプイとあっちを向いてむくれてしまった。付き合いの長いトッピー達にはそれがラナの反省している態度ということがわかるが、トニーにはただの身勝手な中年男だと映る。彼は、また憎しみを込めた瞳でラナを見上げた。
(困りましたねトッピーさん、こんな所で密航なんて。)
ジラフがトッピーに耳打ちした。
(うん…ちょっと、外で話し合おう。)
シビップにトニーの見張りを任せ、トッピー達はキャビンの外へ出た。
「トッピー、話し合う必要なんかあれへんで。銀河パトロールの巡視艇呼んで、あのガキ地球に連れ帰ってもろたらええやないか。」
真っ先にラナが不満そうな表情で、ドアの後ろを親指で指して言った。
「でもラナさん、子供一人の為に緊急信号を発信するんですか?また文句言われますよ、『いつもお宅の世話ばかりだ』ってね。」
「役所の文句なんか聞き流しときゃええのんや、どうせ予算はわいらの税金から払とんのやからな。な、トッピー、そう思うやろ?」
トッピーは聞いているのかいないのか、あごに手を当ててぽつりと言った。
「あの子、家出して来たみたいだね…。」
「それがどないしたっちゅうんや!家出少年やったらなおさらや、さっさと警察に引き取って貰おうやないか。またゴタゴタ巻き込まれんの、わいは絶対に御免やからな!」
「まあまあラナさん、落ち着いて。ねぇトッピーさん、トッピーさんはどう思ってるんですか、あの子のこと。」
「うん…僕は…。」
トッピーは自分の子供の頃を思い出していた。彼も一度親の無理解に腹を立て、家出を企てたことがあったのである。だがさっさと見つかって家に送り返され、目から火が出るほど怒られた。
(あの子も、きっとあの時の僕と同じだな…。)
大人なんて大っ嫌いだ、大人になんかなりたくないとあの時は思ったっけ。きっとあの子も、僕たちのことなんか大嫌いだと思ってるんだろう。
「おいトッピー!黙っとらんと、お前の意見を聞かせてみい。」
ラナは、珍しく煮え切らない態度のトッピーにイライラしてきた。
「警察呼ぶしか方法ないやろ、何をそんなに悩んどんのや。それともお前、あのガキをシュタール星に連れて行く気やないやろな。」
「うん。僕は、そう思っているんだけど。」
「うん?うんって、お前…。」
ラナは大きな目玉をパチクリさせる。
「あの子を連れていってあげようよ、シュタール星にまで。地球には僕たちが責任持って送り返しますって、先に連絡しておけばいいじゃないか。」
ラナとジラフはあっけに取られてトッピーの次の言葉を待った。
「あの子は、地球に嫌気が差して飛び出してきたのに違いないよ。だから、ほかの星の様子を見せてやるのもいいんじゃないかな。警察に突き出して地球に送り返したって、あの子の心に傷をつけるだけだと思うんだ。それよりは、一緒に連れ帰ってあげようよ。」
「なるほど。トッピーさんの言うことにも、一理はありますね。」
ジラフはうなずいてそう言ったが、ラナは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「アホかっ!何でわいらがあんなガキの面倒見なあかんのや!わいはもう知らん、後はお前らで勝手にせい!」
ドア越しに聞こえたラナの大声に、トニーはびくりとして身を縮ませた。やがてドアが開いて、露骨に不服そうな表情のラナが入ってくる。
「ラナ、トニーどうするペポ?」
ラナはシビップの質問には答えずに、腕を組んだままコクピットへ向けて歩いて行ってしまった。
「ペポ…トッピー、ジラフ?」
「大丈夫、警察に引き渡したりはしないよ。約束する。」
「ペポ!」
トッピーの言葉にシビップは飛びあがって喜んだ。トニーも一瞬表情を輝かせたが、すぐにまた疑惑の瞳でトッピーを睨み返した。フン、大人の言うことなんて当てになるものか。
「でも、地球には先に連絡しておく。君も、僕らと一緒に地球には帰ってもらうよ。その前に、シュタール星には寄るけどね。」
しめた、まだチャンスはあるとトニーは思った。シュタール星でうまく逃げ出せば、もう2度と地球になんか帰らずに済む。そうとも、絶対に地球になんか帰るもんか。
「だから、一緒に地球に帰ってくれるって約束するね、トニー君。」
トッピーはにっこり笑って右手を差し出す。トニーは「うん」と短く言うと、作り笑いで握手を返した。
「ふう。これで、一件落着ですね。」
「トッピー、ジラフ、ありがとう!トニー、良かったペポ!」
シビップは無邪気に言ってトニーの肩を叩いた。トニーはふっと笑ってそれに答えると、また厳しい表情で床を見つめた。
「フン、ジラフの阿呆が、トッピーのお人好しが。あんなガキに甘い顔しよって。」
コクピットでは、ラナが計器盤に足を放り出してボヤいていた。戻ってきたトッピーとジラフは、ラナの態度に顔を見合わせる。
「腐ってますね、ラナさん。」
「これが腐らずにおられるかい。」
ラナはトッピー達に向き直ると言った。
「大体、ガキは甘やかしたらロクなことにならんのやで。現実の厳しさっちゅうもんは小さいときから叩き込んどいたらんと、甘えたまんま大人になってまうんや。」
「でも、あの子は地球に戻るって約束してくれたよ。」
「そうですよラナさん、ひねくれてるように見えても、実は素直な子じゃないですか。」
「フン、子育ての経験が足らんのぉ。ガキの約束なんぞ信じれるもんか。お前ら、あのガキにナメられとんねんで。」
「ところでラナ、もう地球に連絡は?」
「ああ、先にやっといたったわい。もうこれで、わいはあのガキのことは関係ないで。ジラフにトッピー、後の面倒はみんなお前らに任せたで、わいは反対したんやからな。」
それだけ言うと、またラナはぷいと視線を窓に戻した。
「何ふくれてんですか、ラナさんったら。」
「仕方ないな、もう。ああジラフ、シュタール星にはあとどのくらいだい?」
「今日の夕方には着きますよ、ただし現地時間は朝の5時ですけどね。」
「5時やて?朝の?」
ラナは驚いて振り返った。今回の仕事は彼が工場でバイトしている間にトッピーとジラフが取ってきたものなので、そんな話は初耳だったのだ。
「お前ら一体どんな契約しとるんや、時間外手当貰えへんかったんか?たった200ラムダで、わいらコケにされとんで!」
「仕方ないよラナ、一応交渉はしたんたけど、朝一番に届けろって聞かないんだ。」
「いい加減、サジタリウス号の速度で足を引っ張られてますからね。お客さんのいいなりですよ、中小企業の因果ですねぇ。」
「クソ、朝の5時か、かなわんなぁ。熟年の40代にゃ、宇宙時差は体にこたえるわ。」
ラナは口を尖らせ、コクピットの天井を睨んでぶつぶつボヤく。
「ラナ、今の内に寝ておけよ。帰りの操縦を代わってくれたらいいさ。」
「ほんまか。済まんなトッピー、そんじゃ操縦の方は頼んだで。」
そう言って、ラナは席を立ち上がった。
「わいはちょっくらキャビンで寝てくるわ。到着30分前になったら起こしに来てや、帰りは操縦を代わったるさかいな。」
ラナがキャビンのドアを開くと、シビップとトニーが一勢に彼の方を振り向いた。二人で何か話でもしていたらしい。ラナは全く無関心そうな態度で二人の前を通りすぎ、壁から簡易ベッドを引き出すとゴロリと横に寝転んだ。
※※※ 小説に登場している人物・団体・製品などの名称は全て架空のものです。例え同名のものが実在しても、本小説の内容とは一切関係ありません。 ※※※
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