遺書を書く少年:3「密航者の日記」



『宇宙に出て1日目。まだ、発見されていない。カーゴルームには2、3回見回りに来たが、あまり真剣には調べなかったようだ。少し寒い。この船の空調システムは不調なようだ。中古船には中古船なりの事情があるらしい。それにしても腹が減った。パンはもう食べてしまったし、後は盗みだして食べるしかなさそうだ。
 時々カーゴルームを抜け出して、乗組員の会話を立ち聞きしてみた。この船の乗組員は全部で四人。地球人が三人と、どこの出身だか訳のわからないのが一人だ。何故かはわからないけど、そいつとだけは仲良くなれそうな気がする。だけど残りはただの大人だ。特に中年の一人は親父にそっくりだ。運が悪いな、何であんな奴のいる船に乗ってしまったんだろう。
 これから、僕はどうするんだろうと考える。僕は地球語しか話せないし、生まれてから太陽系以外の星に行ったことは一度もない。見知らぬ星で、本当に一人で生きていけるんだろうか。いや、生きるんだ、一人で生きていかなきゃいけないんだ。少なくとも、地球で死んだような暮らしを続けるよりはましなはずだ。
 僕がここでこうしている今も、両親は相変らず喧嘩してるだろうか。トニーの奴今日は帰るだろうかねって、僕の噂でもしているだろうか。Sは、僕の身代わりでも見つけて、また仲間と弱いものいじめでもやってニタニタ笑っているだろうか。半年間も学校を休んでいるYは、今日も家の自分の部屋でじっと膝を抱えているだろうか。そんなことを考えていると、不思議な気持ちになってくる。僕がこの時間に、この世界に生きているってことが、何かの偶然みたいな気がする。
 そろそろ眠くなってきた。鉛筆の残りも気になるし、今日はここで終わりにする。』

『2日目。食料を盗み出し、何とか持ちこたえた。賞味期限の切れるぎりぎりのまずい宇宙食で、多分どこかの放出品だろう。今時こんなチューブ型の宇宙食しか買えないなんて、よほど貧乏な連中らしい。
 今日も彼らの会話を立ち聞きしていた。それによると、この船の行き先はシュタールという星らしい。それがどんな星かはわからないが、積み荷が農業機械と農薬類だというからたぶん農業星だろう。あまり文明の進んだ星ではなさそうだけど、僕の目的にはちょうどいい。あまり文明の進んだ星で、地球警察の支部なんかがあったらかえって困る。
 彼らの会話を聞いていると、あの親父そっくりの奴は何かある度に家族、家族って言葉を吐く。どうせポーズをとってるだけなんだろう。家に帰ればふんぞりかえって、その癖子供の学年を知らなかったりするくせに。俺の親父も外ではああなんだろうか。憎い。腹が立つ。ああいう大人にだけは、なりたくない。
 あの変な異星人はシビップという名前らしい。あのいやらしい中年男はラナ、もう一人のパイロットの名前がトッピー。そして、あと一人の名前がジラフ。どいつもこいつも、話すことといえば家族のことばかり。子供の話、妻のおのろけ。今までどうだったとか、将来どうしたいとか。猿芝居はもうやめてくれ、僕には全部わかってるんだ。
 これだから大人は嫌なんだ。どうして他人には自分の家族の話を吹聴したがるんだろう。その癖、家に帰れば家族なんて飼い犬以下の存在としか思っていないくせに。話題になってる奥さんや家族の連中にしたって、こうして旦那が外に出ているときが一番ほっとしているんじゃないか。きっと今頃、地球で亭主の噂話でもしてるんだろう。
 こうしてじっと座っていると、忘れよう、忘れようとしているのに地球の事ばかりが思い出される。馬鹿馬鹿しい、まだ2日目だというのに。弱気になっちゃ駄目だ、僕の旅は今始まったばかりなんだ。これからどんな星に行こうとも、金輪際地球なんかには戻るもんか。』

 3日目の事である。空腹を覚えたトニーはカーゴームを抜け出し、宇宙食の置いてあるキャビンへと向かった。
「まだ、気付かれていないな…。」
 彼は腰を落とし、そろそろと配食器に近寄ると、素早く2、3本のチューブを失敬してカーゴルームへと駆け戻った。
「それにしても安物だな。これの、どこがローストチキンだって言うんだ?」
 彼が2本目のチューブを開けようとしたその時、外から大声が聞こえてきた。
「またや、またわしが出しといたチューブが無くなっとる!」
 トニーはあわててチューブを懐に隠し、コンテナの間に身を潜めて外の会話に耳を澄ませた。
「どうしたペポ?」
「またですかラナさん。少し、ボケたんじゃないですか?」
「アホ、便所行く前に出して、戻ってみたら無かったんや。間違えようがあるかい、お前らはずっとコクピットにおったやろ。やっぱり、誰かが潜んどるんや!」
「うるさいなあ、何を騒いでいるんだい?」
 まずいな、もう一人降りてきた。騒ぎが大きくなるな…。
「ラナさんが、密航者がいるに違いないって…。」
「そや、チューブが勝手に無くなったんや、これでもう2回目や!向こうに付く前に探し出さんと、また厄介なことになるかも知れへんで。」
「本当だと思います、トッピーさん?」
「とにかく、手分けして探してみよう。シビップはカーゴルーム、ラナとジラフはエンジン室付近を調べてくれ。僕は、ジュニアと作業ポッドの格納庫を調べてくる。」
 クソ、もう少しって所で発見されてしまうなんて…待て、まだ発見されたって決まった訳じゃない、現に昨日は気付かれなかったじゃないか。きっと、今度も大丈夫さ。きっと…。
 カーゴルームの扉が開き、トニーはごくりと唾を飲み込んだ。自分の心臓の鼓動が、聞こえるのではないかと思うくらいに高鳴っている。
 ピタピタという足音が近づいてきた。トニーは見つからないように、もう少しだけ身を奥に潜めようと後ろへにじり下がった。その時!
「ガランガラン!」
 トニーが下がった拍子に、棚に乱雑に積んであった器材が崩れて落ちてしまった。トニーはビクリとして顔を上げる。彼の目の前には、銃を構えた緑の異星人が立っていた。
「あ…あ…。」
 トニーは顔から血の気が引くのが自分でわかった。吹き出す冷汗、全身の毛穴がさっと開く不気味な感触。頭の中は完全に真っ白で、何を考える余裕もない。でも何か、何か言わなきゃ!
「…殺さないで!」
 トニーの口からは意外な言葉が出た。パニックに陥った心の中で、彼は自分の言葉を不思議に思う。僕は死など怖くなかったはずなのに、なぜ?
「静かに、じっとしてるペポ。」
 異星人は銃を降ろすと、小さな声でトニーに言った。
「大丈夫、シビップ殺したりしない、心配ないペポ。」
 トニーはそいつの顔をじっと見る。こいつ、見かけは変ちくりんだけど、きれいな目をしているな。何かとっても、優しい目…。
「おーい、シビップ!何か、見つけたんか?」
 カーゴルームに、別の乗組員が入ってきた。トニーはきっと身を固くする。
「あっちには誰もいませんでしたよ。」
「そや、エンジン室にもアリンコ一匹おれへんで、やっぱりおるとしたらこの部屋やな。」
「何も、いなかったペポ。」
 シビップは背中でトニーをかばいながらラナ達に言った。
「カーゴルームにも誰もいない、きっとラナの勘違いペポ。」
「アホ、絶対に勘違いなんかやないわい、一度ならともかく二度もやで!」
「でも、格納庫の方に隠れてるかもしれませんよ。」
 ジラフが言った時、トッピーもカーゴルームに入ってきた。
「ラナ、ジラフ、格納庫にも気配はなかったよ。やっぱり、ここの可能性が一番高いんじゃないか?」
「やっぱり!?」
「ホレ見てみい、大体ここが一番ゴチャゴチャしとるさかいな。この部屋だけ、全員でもう一回調べてみようやないか。シビップ、その奥ちょっと調べさせいや。」
「ペポきっと誰もいない、ラナの勘違いペポ。ここはシビップ探すから、ラナはあっち調べたほうがいいペポ。」
 シビップは冷汗をかきながらラナに言った。
「まあ、見落としたってこともあるやろが。ちょっとどいてくれやシビップ。」
「あ、ラナ駄目ペポ!」
 あわてふためくシビップを押しのけてラナが見たものは、コンテナの間でしゃがみこんでいる少年の姿だった。
「あ〜っ、こいつは!」
 次の瞬間、少年は脱兎のようにコンテナの陰を飛び出した。
「待たんかい、コラ!」
 後ろから伸びてきた手に、トニーは襟首をぐいと捕まれた。彼は逃れようとして、手足を振り回して抵抗する。
「離せ、くそ、離せよ!」
「何ですかラナさん、まだ子供じゃないですか?」
 ジラフが、あっけにとられた顔で近づいて言った。
「子供で悪かったかよ、離せったら!」
 トニーは必死でもがいたが、同時にもうどうにもならないこともわかっていた。もしこの男達から逃れたとしても、宇宙船の中で一体どこへ逃げるっていうんだ?
「一体、いつの間に潜り込んだんや。ちょっと、こっちへ来い!」
「こら、暴れるんじゃないですよ!」
 ラナとジラフは二人がかりで、トニーをキャビンへと引っ張って行った。
「痛いよ、離せったら!何も、しないから!」
 トニーの声が遠ざかっていくと、トッピーはシビップをきつく睨んで言った。
「シビップ!一体、どうして密航者をかばったりしたんだい!?」
「…ごめんなさいペポ。」
「まさか、君が手引きしたんじゃないだろうね、そんなことしたら犯罪だよ。」
「ううん、シビップあんな子知らない。ただ、とっても怖がっていたペポ。だから、かわいそうだったペポ…。」
 うつむくシビップに、トッピーは優しい口調で言った。
「君の気持ちもわかるよ、だけど密航者は密航者さ。それに、あんな子供が一人で密航なんてできると思うかい?きっと、両親が地球で心配してるよ。」
「…ごめんなさい、ペポ…。」
「いいよ、わかったら。さあ、あの子の話を聞いてみようよ、一体どういうつもりなのか。」
 トッピーはそう言って少年の残して行ったかばんを拾い上げると、シビップを連れてカーゴルームを後にした。


※※※ 小説に登場している人物・団体・製品などの名称は全て架空のものです。例え同名のものが実在しても、本小説の内容とは一切関係ありません。 ※※※

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