LISA:あとがき
やっと終わらせることができた、今はそう感じることしかできません。本当に長い歳月でした。それはずっと書き続けていたのではなく、せっかく書き足した章をバッサリ削除したり、何ヶ月か経って二〜三行を書いてみてはまた諦め、という作業の繰り返しでした。そんな作業がはて何年続いたやら…。最後の二章には特に時間がかかっていますが、さりとて特に出来がいいという訳でもなく、それまで矛盾を秘めながら展開してきた話題をどう治めるかに苦慮し尽したという感があります。決してスマートな終わりかたではありませんが、私にはこれが精一杯でした。
私はこの作品で、人間の愛憎ドラマを書くつもりじゃありませんでした。近未来の世界を舞台にして、ハイテクと人間との関わりを書くつもりだったんです。主人公敏夫の性格は、当初その目的で設定されました。
彼を取り巻く特異な環境、とりわけ土岐子と雄二の存在については、物語を構成する上での縦糸にするつもりでした。しかし書き進めてゆくうちに、彼らの織り成す人間模様は縦糸の範疇を超えて広がり、いつしか物語の主要テーマにすりかわっていったのです。結果として、やたらに長い割には何が言いたいのかよくわからない作品になってしまいました。この物語にはいくつか先につながらない伏線が埋められていますが、これはテーマを見失った作者の迷走の痕跡です。
雄二の失踪については、私自身の職務体験がヒントになっています。常識を超えたストレスを強いられるハイテク労働、土日返上の徹夜と出張に明け暮れる中で、何度失踪したいと思ったかわかりません。私ばかりでなく、コンピュータに関わる技術者なら誰しも一度は失踪願望を持ったことがあるのではないかと思います。雄二はその失踪願望を具現化してしまった存在として書くつもりでした。
しかし、書けば書くほどに、僕には雄二という男がわからなくなってゆきました。失踪願望は誰にでもあります。時には堪忍袋の緒が切れて、2〜3日くらい家出をするかも知れません。しかし、3年もの間彼を音信不通にしたものは何だったのでしょう?
僕は早くも壁に突き当たってしまいました。雄二を取り巻く状況は、僕にとっては未体験のことばかりだったのです。僕は結婚したこともなかったし、もちろん失踪の経験もありません。雄二を描写することは、未開の荒野を地図なしで彷徨うようなものだったのです。試行錯誤の連続で、長い時間を費やしました。
最後に突き当たった「記憶喪失」という結末は、おそらく雄二自身が望んでそうなったことです。誠実で優秀な社会人、よき夫、よき父親、幸せな家庭、そんな言葉の重圧に耐えかねた彼にとって、自らの記憶を封印する以外に重圧から逃れる道はなかったのでしょう。
自分では、この作品はハッピーエンドだと思っています。もちろん、これはアンハッピーな終わり方だと思う人もいるでしょうし、それはそれで正しい解釈だと思います。僕もこの結末についてはかなり長期間にわたって悩みました。しかし、何度書き直してもこうなってしまうのです。
何故なのかは自分でもよくわかりませんが、敏夫も雄二も、そして土岐子も「幸せな家庭」「よき夫、よき父親」「よき妻、よき母親」という重圧の前に一度は敗退しているからだと思います。彼らは「絵に描いたような」幸せを突き抜け、それぞれの立場の中で自分にとっての幸せを模索し続けています。そして、幸せ探しの中で重要な道標になっているのが子供たち、瞳と雄太の存在です。
瞳はこの作品における「もう一人の」主人公です。あるいは、主人公敏夫を補完する存在だと言えるかも知れません。彼女は書いていて楽しいキャラクタでもあります。作者は筆が進まなくなると瞳の力を借りました(笑)。
瞳にくらべ、雄太の描写が弱いことは確かです。無口で、いつも一人で遊んでいる彼は、どこかスピリチュアルな存在ですらあります。それは、土岐子の心の中で雄太が占めている位置を示しているのかも知れません。瞳が敏夫を補完する存在であるならば、雄太はたぶん土岐子と雄二を補完する存在です。
この作品には人間でないキャラクタも登場します。猫のボブとエリザベス、犬のベス、そしてロボットのリサです。犬好きの人には「猫ばかり書いてて犬の描写が弱い」と言われそうですが…まさにその通りです(苦笑)。私が猫好きということもありますが、部屋の中で人間に密着して暮らしているぶん、猫のほうが状況描写に使いやすかったとことも確かです。
ボブには雄二登場のシーンで活躍してもらうつもりでしたが、雄太がその役を担ってしまったのでボブはただの脇役になってしまいました。ごめんね、ボブ。
ロボットのリサは物語の横糸を占める存在のはずだったのですが、人間関係ばかり書きすぎた結果存在感が薄くなってしまいました。リサは瞳にとって幻の妹であり、敏夫と土岐子にとっては掴み得なかった幸福の象徴であり、雄二にとっては失われた記憶の象徴だったのですが…。リサに関しては前半の伏線が多すぎて、後半ではうまく扱えなくなってしまいました。あんまり意味を詰め込み過ぎるものじゃないですね。
この作品は、決して自分一人の力で完成したものではありません。高校以来の友人山口方敏氏、大学の友人田所渡氏および神谷達夫氏は、まだ未完成の作品を読んで激励してくださいました。また、ホームページ「奇村」の村長にして長編小説「Dear 葉純」の作者でいらっしゃるキムリン氏には、いろいろな意味で小説の示唆を頂きました。そして、Crazy☆Planet を訪れて LISA に興味を持っていただいた皆さんに、この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。
1998年6月3日 Y.Sasaki
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Copyright by 'Crazy' Y.Sasaki