J7W Shinden(19K) イラストについて

 強烈な個性を持つ震電はとても描きやすい機体です。少々パースがいい加減でもそれらしく見える(^_^;)ので、今回は思い切った構図で描いてみました。帝都を襲う B-29 編隊に一矢を報いる日本最速の戦闘機、といった情景でしょうか。背後の B-29 はパスで描いたあとコピー&縮小し、多少角度も変えて配置しています。成層圏の空はいつものようにグラディエーションで、B-29 の曳く航跡とエンジン火災はエアブラシで軽くなぞって入れています。



全速飛行テスト、無期限延期中…:震電

 「震電」は製作一機のみ(二機という説もありますが)の試作にとどまった機体です。にも関わらず日本の飛行機マニアの間では絶大な人気を持ち、飛行機マニアでない人にも「プロペラが後ろについた速い飛行機」として知られています。実際のところ脚を出したまま 45 分のテスト飛行を飛んだだけなので、本当に速かったかどうかは謎なのですが…。

 「震電」の制式名称は九州飛行機 J7W、開発コードは十八試局地戦闘機です。「九州飛行機」はメーカーの名前、J7W は局地戦闘機(J)として海軍7番め(7)の機体で九州飛行機(W)によって設計されたことを示し、「十八試」は昭和 18 年(1943年)に発注されたことを示します。
 この機体の特徴は何と言ってもその過激な外見です。主翼を後方に、安定翼を前方に置いた「先尾翼」配置は、長く伸びた機首が水鳥が飛んでいる姿に似ていることからカナード(鴨)型とも呼ばれますが、プロペラ機でこの形態をしているのは試作機と言えども珍しいものです。この形態は海軍空技廠の鶴野正敬大尉(当時)によって研究されており、その成果が十八試に取り入れられたものでした。
 震電の設計ポイントはただ一つ…高速であること。最高速度 400 ノット(741Km/h)という要求値は世界的に見ても超一流の数字で、なかんずくコンパクトな大馬力エンジンを持たない日本にとっては厳しい値でした。震電の過激な外観は、決して理想的とは言えないエンジンで過酷な要求を達成するために生まれたものだったのです。
 機体後尾に積まれた震電のエンジンは空冷のハ-43(2,130馬力)で、胴体側面にはのちのジェット戦闘機の空気取り入れ口を思わせる冷却空気吸入口が設けられています(実際、ジェットエンジンを搭載した改良型の計画もありました)。主翼も超音速ジェット戦闘機のように後退しており(*1)、力強い6枚羽根のプロペラ、精悍な胴体と合わせていかにも速そうな印象を受けます。尖った機首先端には新鋭の五式 30mm 機銃を四門集中搭載しており、重装甲の B-29 に対しても充分な攻撃力を発揮するはずでした。

 しかし震電の製作は迎撃すべき仇敵 B-29 の爆撃によって遅れ、初飛行に漕ぎ着けたのは昭和 20 年(1945年) 8 月 3 日のことでした。テスト飛行で基本的な空力特性の良好さは確認されたものの、離陸時にプロペラが地面を擦ったり、エンジンや潤滑油が過熱するなどの問題も発生して前途多難を予想させました。そしてこれらの問題の処置が一通り終わって全速飛行に挑む直前、日本は 8 月 15 日の終戦を迎えました…。
 震電の全速飛行は無期限に延期となりました。試作一号機は一部が破損した状態で米軍に引き渡されましたが、米軍も奇抜な外観に恐れをなしたのかテスト飛行は行ないませんでした。既に世はジェット時代に突入しつつあり、高速プロペラ機にさほどの興味を示さなかった、という事情もあるでしょう。アメリカ本土に輸送された震電は二度と飛ぶことなく、そのまま博物館送りになりました。

 震電が本当に 750Km/h の高速機たり得たか数々の議論がありますが、私個人としては否定的に考えています。ハ-43は恐らくカタログ通りの馬力を出せず、冷却機構はうまく働かずにエンジン過熱を招き、6枚プロペラは効率が悪く空気抵抗の元凶となったでしょう。それにもし 750Km/h を達成したとしても、米軍に対して圧倒的有利にはなりません。アメリカは既に最高速度 756Km/h の P-47M や 783Km/h を誇る P-51H ばかりでなく、時速 900Km/h を超える P-80 ジェット戦闘機まで完成させており、終戦時はこれらの量産に入る直前だったのですから…。
 しかし震電の力強くも美しい外観と「数日違いで行われなかった全速テスト」は、後世に多くの夢とロマンを産み落としました。震電は「紺碧の艦隊」などいわゆる「架空戦記」小説や漫画などで引っ張りだこの人気者です(多少買い被りすぎな気もしますが ^^;)。そしてたった一機残った試作機は、解体されてアメリカのスミソニアン博物館の倉庫で静かに眠っています…。きっといつの日にか全速飛行テストが実現し、再び大空に舞い上ることを夢見ながら。

(*1) 超音速ジェット機の後退翼は音速突破時の衝撃波を緩和するのが目的ですが、震電の後退翼は垂直安定性向上のために取り入れられたものです。当時は遷音速と後退翼の関係についてはあまり深く理解されておらず、これはドイツやアメリカでも同じようなものでした。
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