Caproni-Campini(19K) イラストについて

 イタリア・ミラノ航空博物館に残るカプロニ・カンピーニの写真を元に描きました。イラストは少し寸詰まりにデフォルメされており、実機はもう少し胴体が細くて機首が長いです。
 カンピーニは翼幅 16m もある大柄な飛行機ですが、ノッペリしすぎていてサイズ感が湧かないので、見物人の女の子を描き込んでみました。背景は博物館の採光窓で、フォトショップの「パス」を使って描いています。



空飛ぶ竹輪:カプロニ・カンピーニN.1

 1940 年 8 月 28 日、プロペラのない異様な機体が地面を離れました。イタリア・カプロニ社が航空界に革命を夢見て作り上げたカプロニ・カンピーニ N.1 です。N.1 の初飛行は大々的に宣伝され、新聞に掲載された飛行写真は世界中の飛行機少年達の心をときめかせました。
 しかしながら、N.1 は厳密な意味でのジェット機ではありませんでした。太い胴体には 900 馬力の 12 気筒ピストンエンジンが内蔵されており、このエンジンによって駆動される同軸圧縮機によって機首から取り入れた空気を圧縮し、機体後部の燃焼室で圧縮空気に燃料を噴射し燃焼させる一種のアフターバーナーを備えた仕組みでした。N.1 の圧縮機はそれ自体が推進力も発生させるため、アフターバーナーを使わずとも飛行可能でした。

 エンジンや圧縮機を丸ごと飲み込んだ円形断面の胴体は物凄く太く、さながら空飛ぶ竹輪です。主翼や尾翼には楕円形が使われていますがおよそ高速機らしくなく、どこか野暮ったくかつユーモラスな印象を受けます。さて、その性能の方はと言うと…アフターバーナー未使用時の最大速度が 330Km/h、アフターバーナーに点火してさえ 370Km/h というものでした。同程度のエンジンを積んだ戦闘機…例えば 1936 年アメリカ製のセバスキー P-35(850 馬力) でさえ最高速度 490Km/h でしたから、その性能の低さがわかります。速度が遅い割りに燃料消費量は甚だしく、しかも上昇力は物凄く悪く、既存のプロペラ機より優れている点は何一つありませんでした。

 イタリアはそれでも「世界初のジェット機」との誇りを持っていましたが、残念ながらそれも違っていました。N.1 の初飛行から約一年を溯った 1939 年 8 月 24 日、ドイツで極秘裏に開発されたハインケル He178 が人知れず初飛行を行っていたのです。He178 こそまさに正真正銘「世界初」のジェット機でしたが、その存在は機密のベールで厳重に隠されました。ナチス・ドイツはこの技術を軍事目的に応用すべく密かに研究を進め、やがて連合軍を恐怖に陥れたジェット戦闘機メッサーシュミット Me262 を戦場に送り出すことになるのです。
 一方 N.1 は自他共に認める失敗作であり、後世に何の影響も与えませんでした。しかし、誰が N.1 の失敗を笑うことができるでしょうか。一つの発明の影には数知れぬ失敗があるものです。イタリアの技術者達も未知の技術に夢を求めて挑戦した、栄光なき先駆者たちに違いなかったのです。今もイタリア・ミラノ航空博物館に展示されているカプロニ・カンピーニ N.1 は、今も彼らの夢を無言で語り続けているかのようです。

カプロニ・カンピーニ N.1 という名称の由来
カプロニ(Caproni)は N.1 を製作した飛行機会社、カンピーニ(Campini)は N.1 特有の混合動力の特許を持つ人物の名前です。N.1 はカプロニ社が与えた制式機番ですが、これとは別に C.C.2 とも呼ばれています。C.C は Caproni and Campini の意味でしょう。C.C.2 以前に計画されていた C.C.1 は超音速(!)を狙った機体だったと言われていますが、もちろん実現には至りませんでした。

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